丹沢は支流の支流の支流くらいまで遡行対象として親しまれており、多くの沢と尾根が歩かれている。だからこそ「どう繋げるか」でオリジナルルートを考えるのが面白い。
今回も、以前同角沢へ行った際に気になった支流の大杉沢、東沢鉱山跡、そして美しい玄倉川本流区間を全部繋げてみようと考え前日夜中に行先決定。朝8時くらいにのんびり起きて出発。道の駅山北に寄り道して昼入渓。
単独行は社畜の味方である。
記録
日程:2024/4/13~4/14
メンバー:たな(単独)
天候:晴れ
グレード:体2攀2悪3藪0水1★★★
玄倉駐車場に駐車し林道歩きスタート。
芽吹いたばかりの新緑と山桜のパッチワークを眺め、新青崩隧道脇から適当に斜面を降って入渓。すぐ足元には上端が削れて歪になった立派な堰堤がある。
石英閃緑岩の真っ白い岩肌と蒼い水のコントラストが、いかにもこの辺らしく美しい。
日もすっかり昇り、暖かい風が吹く。
足元ではヤマメが走った。


地形図の逆U字区間が玄倉川本流のハイライト。
2019年秋の台風でかなり荒れてしまったと思っていたが、瀞は深く、かつて丹沢黒部と謳われた風貌は十分に復活していた。
キレイなので泳ごうかと考えたが、冷静に考えてまだ4月なのでへつって進む。



程なくして玄倉第二発電所が見えてきた。
水門が閉まっていたため、いったん林道へ上がった。しっかり貯水されていて、ユーシンブルーが楽しめる状態。河原に戻り、同角沢出合の少し先で産廃を使って幕営。少し時間は早いが快適に就寝。

翌朝、同角沢出合まで少し戻って遡行を再開。
出合の2段15m滝は右壁からフリーソロ。沢の中を進むと以前より魚影が濃くなっている気がする。嬉しいことだ。


三重滝2段20mは定石通り残置の鎖を使って進む。

次に出てくる不動滝30mは、前回はロープを出して登ったが今回は単独なのですぐ脇にある左岸ルンゼから巻いた。途中が地味に悪く、空荷で登って荷揚げした。


不動滝を越えると日本庭園風な癒しの渓相。程なくして、左岸から大杉沢が陰鬱なゴルジュと滝として出合う。
これが、前回来た時にも何か惹かれるものがあった。
丹沢にしては記録が極端に少なく、ちょっとした未知気分が味わえるはずだ。
再訪が叶いワクワクしながら接近。登ろうか迷ったが、フリーソロの限界を超えてる気がして大人しく巻く。
今回は右岸巻きを試したが、風化した石英閃緑岩が半分固まった紙粘土のようにモロモロ崩れる、あまり良くない巻きだった。
落ち口に出ると、ハーケン3枚固め打ちとボロボロの残置スリングがあった。


進んでいくと、苔むした小滝が連続する。水は少ない。
岩の下からの湧水を過ぎると、水がほぼ枯れてしまった。


背丈くらいのカラカラに干からびた滝が出てきたが、結構登りにくく、カム+スリングでエイドした。

続いて出てくる滝も、登れず巻く。

その後も一癖ある小滝やちょっとしたプチゴルジュが出てくる。水が少ないので好みは分かれそうだが、入り組んだ支流を進むダンジョン気分が楽しい。Co.977の二俣を左に進んだ。ところで、滝ペディアに記載されている同角沢大杉沢大滝35mってどれのことだろうか?そんな滝なさそうだったけど。
東沢鉱山跡を目指すため、今回は同角沢の上流方面へ向けてトラバースをかける作戦になる。2つ隣の大樺沢流域を横断する形だ。
少しザレた斜面を登り大杉沢を詰め終わると、そのまま尾根を跨いで大樺沢左岸支流を使い下降開始。両岸がV字状になり、クライムダウン可能な小滝がいくつか続く。大樺沢本流に降り立つと、大杉沢よりしっかり水量がある沢だった。渓相自体は大杉沢と大差ないように思える。
続いて、地形図で当たりを付けていた大樺沢右岸支流を探すも、枝沢っぽいものが見当たらない。そんなはずないんだけどなぁと思いながら本流をウロウロしていると、登れそうにない湿った壁が目についた。
あ、これだな。
出合が滝になっていたようで、そのまま巻いて進む。


最短で巻こうとし過ぎて沢床への復帰に短い懸垂下降を要したが、以降は涸れたゴーロとなった。
最後に西丹沢にありがちなザレたV字ゴルジュが出てきたため、慎重につっぱりながら登ると同角尾根の派生と思わしき明瞭な踏み痕に出た。踏み痕を下るとそのまま遺言棚の落ち口へ到着。
玄倉ダンジョン前半戦が無事に完了した。


東沢乗越の錆びた看板を眺め、そのまま東沢径路を降りていく。
東沢鉱山跡は、普通に東沢を歩いているだけでは見つからない右岸側のちょっと奥まった所にあるらしい。早速探索を開始する。
落ち葉が積もった斜面をウロウロしていると、人工的な窪地が見つかった。窪地の少し上を見上げると、人工的な平場があり錆びたレールの残骸が飛び出ている。登ってみると、ぽっかり口を開けた坑道が確認できた。スムーズに発見できて一安心。
近づいてみると、綺麗な看板が3つある。2つは湧水と鉱山跡を荒らすな、という旨のもの。もう1つは鉱山の簡単な解説。呼び名としては「丹沢鉱山」で問題ないらしい。


ヘッドライトを取り出し中へ入ってみる。奥に向かって右側が広い本坑道となっていて、レールが敷かれている。この坑道が、看板に記載がある近代の採掘跡だろう。少し進むと崩落により閉塞していた。
戻って、奥に向かって左側にある側坑道へ進む。こちらは結構長く続いている。探索の記録がある鉱山なので大丈夫だとは思うが、酸欠空間になってないか心配で時々ライターを点火しながら進んだ。


側坑道はぐねぐね曲がりながら続いており、崩落が進んでいない箇所は端正な長方形をしていた。明らかに規格通り狙って掘った寸法のようだ。

調べると、石見銀山の「靑盤切り様」が近い規格らしい。縦4尺、横2尺。近世中期以降の鉱山に関する記録では一般的な規格で、これをもとに鉱夫への切賃を決めていたとのことだ。
(参考:『日本科学技術史』,朝日新聞社,1962. 国立国会図書館デジタルコレクション)
さらに進むとT字路になり、左側へ進むと閉塞。右側に進むとかなり狭いが先が続いていたので、匍匐前進で進んだ。


突然目の前にぽっかりと広い空間が現れた。不思議な場所だった。孔雀石の鮮やかなブルーと黄銅鉱のくすんだブロンズが絡み合い、どこか禍々しくも美しい色合いをした伽藍堂。かなり広い空間があったようで、上部はライトで照らしきれない場所もある。下部は落盤が進み、角が鋭利な岩がたくさん積もっているため、往年の姿は分からない。入ってきた穴以外の出口は見つからなかった。



振り返ると、匍匐前進してきた穴の周辺にもかなり落盤した岩が重なっている。こんなところで崩落が発生すれば一瞬で閉じ込められるため、そそくさと退散する。
主な採掘現場はこの伽藍堂だろう。位置関係的に、本坑道もここに繋がっていたはずだがかなり手前で崩落していた。
一方で、より古い規格の側坑道はまだ健在していることから、昔の人の技術は人の手でできる範疇だからこそ”自然とともに生きる”産業として成り立っていたように思える。
在りし日の賑わいを想像しながら、丹沢鉱山跡を出た。
全ての坑道を閉塞部まで辿れたため、心地良い満足感が残った。

あとは、何度か通っている仲ノ沢径路を利用し下山する。玄倉川が丹沢湖にそそぐ所は、いつ見てもドブと清流の境界のようなハッキリした色の違いを呈していて面白い。
玄倉ダンジョン後半戦も無事に終える事ができた。
今回は久しぶりの単独徘徊だったため、一番慣れ親しんでいる丹沢にお邪魔した。
入り組んだ地形の中を歩くのと坑道調査を一緒に楽しめるので、このルートは勝手に「玄倉ダンジョン」と名付けている。
まだまだ奥が深い、いろんな遊び方ができる山域だと思う。

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